具志堅用高,天橋立背中ローラ最強さ伝説,家犬グスマン沖縄石垣島記念館場所?

gushikenyoukou 300x295 具志堅用高,天橋立背中ローラ最強さ伝説,家犬グスマン沖縄石垣島記念館場所?

 

具志堅用高の強さ!最強伝説!
愛犬の名前グスマン、背中、天橋立、ブログ伝説!w
沖縄に家を買う別荘の場所は?
石垣島にローラと具志堅用高記念館へ!?

 


スポンサードリンク




 


 


 


 


 


 



スポンサードリンク




 

具志堅用高 伝説 強さ 最強 グスマン 背中 天橋立 愛犬 グスマン ブログ 沖縄 石垣島 具志堅用高記念館 ローラ 家を買う 場所・・・伝説を見ていきましょう!(^-^)

 

具志堅用高さんのWikipedia風プロフィールはこちら

本名:具志堅用高

出身地:沖縄県

身長・体重:162cm・52kg

年齢・誕生日・血液型:59歳・6月26日・A型

中学・高校:石垣中学 ⇒ 興南高校

 

今やその“おとぼけキャラ”で知られる具志堅用高さん。

 

彼が、13回連続防衛の日本記録を保持し、
超ド級の強さを誇る偉大なるボクシング世界チャンピオンだという事実を、
ご存知の方は、どれくらいいらっしゃるでしょうか?

 

話には聞いたことあるけど・・・俄かには信じがたい・・・
そう思っておられる方もきっと多いのではないかと思います。(笑)

 

今回の記事では、そんな具志堅用高さんの
数々の伝説(英雄伝説からおとぼけ伝説まで)を
深堀して公開していきたいと思います。^^

 

それでは、具志堅用高さんのプロフィールの続きを見ていきましょう。

 

具志堅用高 伝説 強さ 最強

 

具志堅用高さんが現役選手だった頃は、
通称カンムリワシのニックネームでも親しまれていたんです。^^

 

独特の風貌でもあるアフロヘアー口髭はもちろんですが、
その戦い方のスタイルが、

具志堅用高さんの地元、石垣島に生息する獰猛なカンムリワシの
獲物を捉える様の如く、勝負どころをわきまえた嗅覚に優れていたことや、
猛ラッシュの様、さらにはとことんまで攻撃の手を緩めない
勝負師としてのスタイルからそう称されていたようです。(゚o゚;;

 

所属ボクシングジムからは
100年に一人の天才というキャッチフレーズで売り出され、
その名に恥じない戦い方に、ボクシングファンのみならず、
日本中のみなさんを熱狂させた天才ボクサーだったんですね。^^

 

小さい頃からいたずら好きで、すばしっこく、
近所でも評判の悪ガキだったほど運動能力には長けていたようですが、

当時全盛期だった王貞治選手に憧れて所属していた
中学時代の野球部では、
生まれつき体が小さかったことや、
左利き用のグローブがなかったこともあって、
補欠だったようです。(>_<)

 

その何をするにも不利だった左利きが、ボクシングを始めた後は、
サウスポーとして活躍する武器になるわけですが、
島育ちだった当時は、
まだボクシングという競技の存在すら知らなかったようですね。

 

具志堅用高さんのボクシングとの出会いは、沖縄本島の興南高校入学後。

 

そのきっかけも、入部を希望していた野球部から、
身長不足を理由に入部拒否されたことだといいますから、
運命を感じずにはいられません。(^O^)

 

存じの方も多いでしょうけど、興南高校と言えば、
部活動が盛んで、例に漏れずボクシング部も強かったんですね。

 

1学期を終え、目標なく過ごしていた頃に、
やはり何か部活動に入部しようと思い決心したのが、
仲の良かった同級生が所属していたボクシング部でした。

 

自らの肉体だけを武器として、
体重別の階級制に分かれて戦うボクシングが、
体の小さかった具志堅用高さんにとって、公平で魅力的に思えたんでしょう。

 

運良く、そこには中学時代の先輩、
仲井真重次さん(現 琉球ジム会長)が在籍していらして、

彼に紹介してもらった下宿先が、
上原康恒さん(後の世界チャンピオン)の父が経営するお風呂屋で、

この風呂屋の手伝い(バイト)をする代わりに、
3食付きで、だだで下宿させてもらえるという条件で住み込み、
ここから風呂屋のお仕事と共にボクシング漬けの日々がスタートします。

 

部活動では指導者の、
金城真吉さん(村田諒太選手を五輪金メダルに導いた指導者)の下、
放課後の教室で練習し、

帰ってきたら、今度はお風呂屋さん開店前の脱衣場で練習をし、
営業後は
(具志堅用高さん曰く、一番キツかったという)風呂掃除を夜中までこなし、

それが終わるとロードワークという、
まさにボクシング漬け日々を送ることになりました。(^_^;)

 

アマチュアの功績を受け、
東京の名門協栄ジムから、熱心な誘いを受けるも、
拓殖大学商学部に体育推薦で内定しており、
当初はオリンピックを目指して、大学進学を目論んでいましたが、

上京当日に、協栄ジム関係者に拉致された上、説得されて、
プロでの世界チャンピオンを目指して、協栄ジム所属の選手になったのです。

 

この後、当時、最軽量級だったフライ級でデビューし勝利を重ねるも、
減量どころか、増量の必要があるくらい小柄だった具志堅用高さんは、
やや期待外れの感が否めなかったようですが、

最軽量級として、ジュニアフライ級が新設されると、
水を得た魚のように、快進撃が始まり、
当時の日本記録であった、わずか9戦目での、
世界タイトル獲得を果たされました。(^O^)

 

それでも生活は楽ではなく、
5回目の世界王座防衛戦までとんかつ屋でのバイト生活だったとか。

 

具志堅用高 伝説 愛犬 名前 グスマン 天橋立

 

まだまだ具志堅用高さんの最強伝説を語ればキリがありませんが、
みなさんが期待している伝説は、
恐らくおとぼけ伝説の方だと思いますので、

ここから先は、
具志堅用高さんのお茶目伝説や名言(迷言)を中心に解説していきますね。

 

まず初めは、愛犬グスマンのお話から。
名前の由来、お分かりの方にはお分かりでしょう。(笑)

 

そう、このグスマンというネーミングは、
具志堅用高さんが世界タイトルを奪取した、当時の世界チャンピオン、
ファン・ホセ・グスマンからとっているんですね。^^

 

「だって、顔がグスマンさんそっくりだったから」

 

何とも単純な命名ですが、
具志堅用高さんのとっては、かつてのベルトをかけて戦った戦友なわけで、
その思い入れもさぞかし大きいんことでしょうねぇ。

 

タフな警護犬として有名なのボクサー犬なんですが、
このグスマン、白い大きな耳と、ピンクの鼻に特徴があって、
むしろフレンチブルドッグのような愛くるしい雰囲気がチャームポイントです。

 

「うちの家族に、ボクサー犬を飼いたいといったら、みな猛反対!! ところが、この子犬を見たら、ころっと気が変わっちゃって」

「姿は筋肉質でカッコいいのに、顔はあいきょうたっぷり。癒やし系というか、このアンバランスさが、見ていて飽きないんだよねえ」

「子犬のときは、すごくやんちゃだったので、これはいかんと3ヶ月ほど訓練に出してね。見違えて帰ってきたので感激して、すぐ自転車で散歩に連れて行ったよ。走るときのフットワークがまたいいんだよね」

 

グスマンに対する具志堅用高さんの愛の深さが伺えますね♪

 

さて、それでは
その他の有名な具志堅用高さんの名言(迷言)をいくつかご紹介しておきます。

 

まず一つ目は、某ファーストフード店でのドライブスルーでの一場面です。

 

店員:お待たせいたしました。ご注文をどうぞ!

具志堅:(車の中からメニュー看板を指差しながら)これとあれとこれ!

店員:すみません!名前でお願いします。

具志堅:あ!具志堅ですけどぉ。

 

続きまして、インタビューで出身校、興南高校の伝統を聞かれた一場面。

(天井の蛍光灯(電灯)を見上げて・・・)「う~ん、ナショナルだねぇ」

 

どんどんいきますよ♪
某クイズ番組で、具志堅用高さんが番号を選ぶときの一場面。

「はい、え~、ラッキーセブンの5!」

 

では迷言の最後です。(笑)
インタビューで、同郷で同僚のボクサー渡嘉敷勝男さんについて語る一場面。

渡嘉敷勝男選手の性格を聞かれ・・・。
「勝男!こいつはかなりガージュー(頑固者・粘り強い)ですからねー」と。

アナウンサーからガージューの意味を再度フラれ・・・。
「つまりチューバー(強い人)ってことですよ!」

方言を方言で説明するという離れ業を披露なさいました!(^_^;)

 

ちなみに、この渡嘉敷勝男さんもおとぼけキャラで通っていますが、
彼の場合は、天然の具志堅用高さんに対して、計算でボケるタイプで、
例えば日本三景を答えよという問題正解:天橋立、松島、宮島では、
オグラ景、谷景、マリムラ景と答えるような、知識の豊富さをお持ちです。

 

…が、たまに難解な問題に対し、
(本気で解答が分からず)ボケたつもりが、正解だったりすることがあって、
それはそれで笑いを誘うこともあったようですけどね。(笑)

 

具志堅用高 沖縄 石垣島 ローラ 具志堅用高記念館 家を買う 場所 背中 ブログ

 

それでは、最後に具志堅用高さんのその他の情報をまとめておきますね。
伝説というほどではありませんが、ユニークなお話もありますよ♪

 

良くも悪くも
数々の伝説をお持ちの具志堅用高さんを称えている場所が存在しています。

 

それが、地元沖縄石垣島に存在する具志堅用高記念館です。
詳しい情報はコチラをご覧下さい。

 

ちなみにこの公式サイトのなのですが、
ドメインが「www.chocchune.com」(ちょっちゅねドットコム)なんですね。

 

具志堅用高さんのモノマネでよく利用されるこのちょっちゅねですが、
実は、世間の大半がこの言葉の意味を履き違えて解釈なさっているんです。

 

元々、この言葉が世間で認知されたのは、
片岡鶴太郎さんが具志堅用高さんのモノマネとして
メディアで多用なさったことがきっかけなのですが、
この言葉の意味、みなさんご存知でしょうか?

 

恐らくちょっとねと解釈なさっておられる方が大半だと思います。

 

でもホントはこの言葉、そっすねそうですね)」なんです。

 

具志堅用高さんが「そっすね」という発音を、
片岡鶴太郎さんがモノマネで大げさに言っているんですよね。
ぜひお見知りおきを♪

 

それで、この具志堅用高記念館を、某番組で
タレントのローラさんが訪れたことが、あるのですが、
そのやり取りが、これまたなかなか面白かったんですね。^^

 

まあ・・・あのお二人を思えば想像できると思いますけど。(笑)

 

その時の様子がコチラからご覧になれますので、
ぜひぜひ軽くご覧になってみてください♪

 

また具志堅用高さん、先日放送された
『有吉ゼミ×深イイ話SP』(日テレ)にて、
2,980万円の沖縄のデザイナーズ物件を即決していました。(゚o゚;;

 

これは番組の人気企画坂上忍、家を買うのコーナーでの一幕で、
沖縄の物件めぐりを行っていたんですが、
案の定、というかいつものパターンで坂上忍さんは購入を見送ったんです。

 

月2回は沖縄に帰省するという具志堅用高さんが言うには

ホテルに泊まるよりもお得であり、なおかつトレーニング部屋として使える。

 

番組内では実際に内見に訪れ、そこでも購入する気満々でした。

 

ところが、妻・香澄さんに電話を掛けたところ、

「雰囲気に流されないで、検討しましょう。東京に帰っておいで」

とあえなく撃沈されまして、これを見ていた私は、
この具志堅用高さんの潔さと共に、
この奥様あっての具志堅用高さんなんだということ痛感いたしました。

 

まるで奥様の手のひらの上で転がされているかのような・・・。(笑)
実に微笑ましい一幕でしたねぇ~。^^

 

こんな具志堅用高さんですから、
ブログ公式サイトツイッターもあるにはあるみたいですが、
その先にはこんなフレーズが!(゚o゚;;

 

携帯を使いこなせない具志堅に代わり、白井・具志堅スポーツジムのスタッフが近況や最新情報をお伝えします!!

 

どこまでもユニークなお方です。(^O^)

 

それでは最後はビッと締めましょう!

 

具志堅用高さんが語った何とも共感できるお話、題して「背中」。^^

 

若いときは、年長者にいろいろ教わったものですが、今は若い人たちから教わることが多いですね。

・・・サラリーマンの上司とか、上下関係を厳しくしている人たちは大変だと思うけど、ぼくは一生、学ぶ立場にいたいんですよ。

ぼくはね、生まれてから今まで、ずうっと神様に背中を押してもらっている気がするんですよ。いま、若い頃できなかったこと、やり残したことに挑戦できているのもそう、長く頑張ってきたご褒美を神様からもらっていると思ってます。

 

そんな具志堅用高さんの背中を見て成長している若者も
きっと存在するはずです。

 

現に具志堅用高さんは今、自身で
ボクシングジムを経営なさっていらっしゃいますが、
この中から第2の具志堅用高が生まれる日も
そう遠くないのではないかと思っています。

 

ボクサーとしても、人としても、時には厳しく、時にはおとぼけな、
愛すべき具志堅用高さんのこれからの歩みにも、ぜひ期待したいですね。

 

 

はい、というわけで・・・もう毎回言っている気がしますが、
今回も予定を遥かに超えて長い記事になってしまいましたが、
今回は具志堅用高さん情報をまとめてみました。

最後までお付き合い頂きましてありがとうございましたm(_ _)m。

▼さらにもっと深い○○な話、次のページでお待ちしています♪

1 ・ 2 ・・・ >> ページ一覧

スポンサードリンク





このエントリーをはてなブックマークに追加

▼この記事をご覧の方にオススメの記事一覧

コメントを残す